第弐拾四話 降臨バヘル台地/丸太いかだ丘 紅龍ゼグラムに連れられ、ランディエフがバヘル台地の一番高い丘につれてこられた。 あたりは真っ暗であり、持ってきたランプの光だけが辺りを照らしていた。空は曇っているのか、星空が見えない。 ふと紅龍が立ち止まり、ランディエフに向き直る。 「…着いたぞ、ここだ」 ランディエフが周りを見渡すが、辺りには漆黒の闇が広がるばかりで人影すら見えなかった。 「…バカにしているのか?誰もいないだろう」 しかしそう言うランディエフに紅龍は言葉を返す。 「…どこを見ている?上を見ろ」 「上?」 言われた通りに空を見ると、真っ暗な空の一部から光が漏れ出している。 そしてその光の中で、何かが動いた。 「…なんだ?あれは?」 空の一部から降り注ぐ光に混じって、一匹の龍が舞い降りてくる。 黒龍スウォームの龍の状態と全く同じ見た目であったが、その色彩は純粋すぎるほど真っ白であり、汚れなどを感じさせない。 その白い龍はランディエフと紅龍の前にゆっくりと降り立つと、その翼を静かに折り畳んだ。 紅龍が、その白き龍に頭を下げながら告げる。 「…祖龍様、望む人物を連れてまいりました。」 すると、祖龍は心に響くような声で言った。 「…ゴ苦労ダッタ、下ガルガ良イ。ゼグラム」 言われると紅龍は少し後ろに下がり、体色もあってかほとんど周囲の闇と同化してしまった。 祖龍といわれた龍が今度はランディエフに向き直り、語りかけた。 「サテ、人間…オ前ノ名ハ何ト言ウ?」 「俺はランディエフ・リビーラ。何の用で俺を呼んだのか知らないが、お前と話すことなどない」 すると祖龍は苦笑しながら、ランディエフの言葉を肯定する。 「フフフ…確カニナ、本来敵同士デアル我々ノ間デ話スコトナド何一ツ無イ…ダガ、ソノ常識ヲ破ッテマデモ、オ前ト話シタイ事ガアルノダ。」 「…確かに、よほどの事が無い限りこんなことは無い、いいだろう。聞いてやる」 ランディエフが言い終わると、後ろからジャキンと爪を展開したような音が聞こえ、紅龍の声が木霊する。 「貴様、それ以上祖龍様に失礼な言葉を投げかければ、その首を刈り取るぞ?」 「…やってみろ」 その様子を見た祖龍が、すかさず静止の言葉を紅龍に投げかける。 「ヨセ、ゼグラム。手ヲ出シテハナラン。」 「………」 すると、後ろから向けられていた殺意が消える。 そして改めて、というように祖龍が言葉を続けた。 「…ランディエフ殿、オ前ハ本当ノ自分ニ気付イテイナイ。ソノ本当ノ名前に気付カナケレバ、自分ガ本当ニ誰ナノカスラワカラヌママ過ゴシテイクコトニナル」 「…では、その『本当の名前』とやらに気付く方法は?」 「我々ノ同士トナレ、ソウスレバソノ能力ヲ最大限ニ発揮スルコトガデキル」 「…ふざけるな!」 ランディエフが剣を抜き、祖龍に斬りかかった。 だが、その剣は祖龍の体をとらえる前に『バジッ!』という弾かれる音と共に弾き返された。 「…何っ!…」 驚いたランディエフが数歩距離を取り、祖龍に向き直る。 「…ヤハリ同士ニハナッテクレヌカ…ランディエフ殿」 祖龍が「仕方が無い」といった様子で、後ろの紅龍に告げた。 「ナラ、無理矢理連レテイクマデダ。ヤレ紅龍。殺サナイ程度ニ痛メツケテヨイ」 するとふたたび、爪を抜くような音がした後、紅龍の声が聞こえた。 「…承知しました。祖龍様」 そして背後からの一撃を紙一重でかわしたランディエフにも、祖龍は言い放つ。 「…モシオ前ガ紅龍ニ勝ツヨウナ事ガアレバ、コレ以降ハオ前達人間ニハ危害ヲ加エナイト約束シヨウ」 「…その言葉、忘れるな」 そう言い終わると、紅龍に『ファイナルチャージング』で突っ込むランディエフ。 紅龍は剣の切っ先を寸前で受け止めた。が、その止まった体にランディエフがそのまま左腕の盾『ドラケネムファンガー』で殴りつけた。 盾の衝撃によろけたゼグラムに、ランディエフが『サザンクロス』を浴びせ掛けた。 だが、その剣が切り裂くと思われた時、紅龍の体が足元の影に沈み、その一撃を避けた。 「…バカな?」 ランディエフが驚愕していると、どこからともなく紅龍の声が聞こえてくる。 「じっくりいたぶってやろうじゃないか…クックック」 その瞬間、ランディエフの足元から漆黒の矛が無数飛び出し、ランディエフの体を切り裂いた。 「ぐあっ!?」 瞬間的にランディエフは自分の足元に剣をつきたてるが、地面の固い感触が伝わるばかりで、敵を捕らえた感触は全く無い。 「どこを攻撃している?こっちだ…」 辺りを見回すランディエフの背後の影から紅龍が現れ、その鋭い爪でランディエフの背中を切り裂き、鮮血が吹き出る。 「…ッ!!」 ランディエフが痛みをこらえながらも、振り向き様に斬撃を放つが、その時はすでに紅龍の体は影に沈んでいる。剣は虚しく空を斬った。 「(…くそ、どうすればいい?どうすれば…)」 このままでは追い詰められ、やられてしまうのがオチである。何か無いか…そう考えた時、ふと持ってきたランプが目に飛び込んだ。 「…そうか」 ランディエフは置いてあったランプを手にとり、そのままじっと身構えている。 ランプの光はランディエフの影をくっきりと残している。 「…何を考えているのか知らないが、次で動けなくしてやろう」 紅龍の声が響き渡るが、ランディエフは全く微動だにしない。 そしてランディエフの背後の影から紅龍の姿が現れる。 それと同時に、ランディエフは振り向き様に剣を『袈裟斬り』に振り上げる。 「…狙い通りだ!」 そのままランディエフの剣は紅龍の左腕を肩口から斬り飛ばした。 「ッ!ぐおおおおおおおお!?」 そう、紅龍は影から攻撃してくる。ならばあらかじめ光で影を作り、出てくる場所を固定しておけばよいのだ。 狙い通り、紅龍はランプで照らされたランディエフの背後から出現し、一瞬早くランディエフの剣が左腕を斬り飛ばしたのだ。 自分の切り飛ばされた右腕を見ながら、紅龍が呟く。 「バカな…この私にここまで傷を…?」 そして紅龍の心の奥底から、怒りと憎しみの炎が燃え上がる。 「…ふざけるなよ!人間風情が私に傷など!!」 右目の眼帯に残った右腕をかけ、それを思いっきり外した。 すると、眼帯がはずれた方の目から青白い光が溢れ出し左腕の斬られた付け根に集まると、斬られたはずの腕が一瞬にして再生した。 「腕が…!」 再生した左腕は、前よりも更に強靭で鋭くなっているように見えた。 再生した腕の感触を確かめながら紅龍が呟く。 「この消費した魂、貴様で補ってもらうっ!!」 紅龍が怒りのままに突っ込み、ランディエフも反射的に剣を構える。 祖龍の静止の声が紅龍に入ったが、その静止すら今の紅龍には耳に入らない。 「その腕、また切り裂いてやる!」 ランディエフが袈裟斬りに剣を振り上げる。が、強化された左腕はそのままその剣を砕き、ランディエフの右腕をも切り裂いた。 「がぁっ!!?」 衝撃で吹っ飛び、ランディエフは地面に倒れ付す。 斬られた腕からは、ドクドクと大量の血が流れ出ていた。 「く…そ…」 薄れていく意識の中、一瞬、奇妙な光景を目の当たりにした。 どこか見覚えのあるような部屋で、自分がベッドに横たわりながらも必死に何かへ手を向けるその瞬間を…そして、どこからか声も聞こえる。 『…ク…ロ……ゥ………』 …クロウ? その言葉を最後に、ランディエフの意識は途切れた。 |